大阪地方裁判所 平成11年(ワ)9362号 判決 2000年11月21日
原告兼原告甲野春子法定代理人親権者父
甲野一郎
原告兼原告甲野春子法定代理人親権者母
甲野花子
原告
甲野太郎
原告
甲野次郎
原告
甲野春子
原告ら訴訟代理人弁護士
松本誠
同
藤木啓彰
被告
乙田三郎
被告
乙田四郎
被告ら訴訟代理人弁護士
柳村幸宏
被告
丙山五郎
主文
一 被告らは、原告甲野一郎及び原告甲野花子それぞれに対し、連帯して二三三九万五七七二円及び内金二一九七万六八七〇円に対する平成八年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告甲野太郎、原告甲野次郎及び原告甲野春子それぞれに対し、連帯して五五万円及びこれに対する平成八年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告らの、その余を被告らの負担とする。
五 この判決は第一項及び第二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 被告らは、原告甲野一郎及び原告甲野花子(以下「原告一郎」「原告花子」という。)それぞれに対し、連帯して七九四二万五六三六円及び内金七八〇〇万六七三四円に対する平成八年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告甲野太郎、原告甲野次郎及び原告甲野春子(以下「原告太郎」「原告次郎」「原告春子」という。)それぞれに対し、連帯して一一〇万円及びこれに対する平成八年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 訴訟の対象
民法七〇九条(交通事故、人身損害、物的損害)、自賠法三条
二 争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実(争いのない事実には証拠を掲記しない。)
1 交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
(一) 発生日時・天候 平成八年七月一四日(日曜日)午前一時ころ(晴れ)
(二) 発生場所 大阪府貝塚市三ツ松二〇〇番地先交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 事故車一 普通乗用自動車(和泉五三さ<番号略>。以下「被告車」という。)
運転者 被告乙田三郎(昭和四二年一〇月二二日生まれ、本件事故当時二八歳)
(四) 事故車二 原動機付き自転車(貝塚市と<番号略>。以下「六郎車」という。)
運転者 甲野六郎(昭和五四年七月一九日生まれ、本件事故当時一六歳。以下「六郎」という。)
(五) 事故態様 信号機のある本件交差点において、青色信号に従って西から東に進入してきた六郎車に、赤信号を無視して北から南に向かい直進してきた被告車が衝突したもの
2 責任
(一) 民法七〇九条(甲四ないし一四、四八、五六ないし六〇(枝番があるものは枝番を含む。))
被告乙田三郎は、本件交差点において、対面信号が赤色であることを停止線の手前約38.9メートルの地点で認めたのであるから、交差点手前の停止位置で停止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り同交差点に時速約五〇キロメートルで進入したため、青色信号に従って西から直進してきた六郎車の左側面部に自車前部を衝突させた。
なお、被告乙田三郎は本件事故当時呼気一リットル当たり0.5ミリグラムのアルコールを含有する状態で被告車を運転しており、さらに本件事故後六郎に対する救護措置を講ぜず、警察に対する報告も行わずに逃走した。
また、被告丙山は、本件事故前に被告乙田三郎と一緒にスナックで飲酒し、本件事故当時、被告車に同乗していた。
(二) 自賠法三条
被告乙田四郎は、被告車の所有者である。
3 結果
本件事故により、六郎は脳挫傷の傷害を負い、平成八年七月一六日午前四時二九分ころ、大阪府立泉州救急センターで死亡した。
4 損害の填補
被告車に付されていた自賠責保険の保険会社から、原告甲野一郎及び原告甲野花子に対し、三〇〇〇万円が支払われた。
5 相続等
原告一郎及び原告花子は、六郎の父母で、法定相続人である(相続分各二分の一)。
原告太郎及び原告次郎は六郎の兄であり、原告春子は六郎の妹である(甲二)。
三 争点とこれに対する当事者の主張
1 争点1(被告丙山の不法行為の成否)
(原告らの主張)
被告丙山は被告乙田三郎のもと上司であり、被告乙田三郎と共に飲酒した上自らを自宅に送らせるために被告車を運転させ、その結果、同被告が本件事故を惹起したものであるから、被告丙山の行為と被告乙田三郎の不法行為との間には因果関係があり、共同不法行為が成立する。
(被告丙山の主張)
本件事故は被告乙田三郎の赤信号無視に起因するものであり、被告丙山が被告乙田三郎と一緒に飲酒し、被告車に同乗していたことと本件事故との間には因果関係がなく、被告丙山の行為は不法行為に該当しない。
2 争点2(損害額)
(原告らの主張)
別紙1のとおりである。
六郎は、本件事故当時高校二年生であったが、大学進学の蓋然性が極めて高く、大卒男子の平均賃金を逸失利益算定の基礎収入として用いるべきである。
また、逸失利益算出の際に控除する中間利息の利率は、損害の公平な分担の理念から一パーセントとして計算すべきである。
(被告乙田三郎及び四郎の主張)
六郎の大学進学の蓋然性は極めて高いとまではいえず、高卒男子の平均賃金を基礎収入として用いるべきである。仮に六郎の大学進学を前提とするとしても、大学進学費用として少なくとも四一三万円を控除すべきである。
中間利息の利率は、民事法定利息が年五パーセントとされていることとの均衡から年五パーセントを用いるべきである。
第三 争点に対する判断
一 争点1(被告丙山の不法行為の成否)について
1 甲四ないし一四、四八、五六ないし六〇(枝番があるものは枝番を含む。)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
被告丙山は、被告乙田三郎の職場の元上司で、被告乙田三郎は、丙山の在職中個人的に世話になっており、丙山が平成七年秋に退職した後も交際を続けていた。
被告乙田三郎は、被告丙山から従前飲みに行こうと誘われていたことから、本件事故の前日である平成八年七月一三日午後七時ころ被告丙山に電話をかけ、「暇ですか。今日僕時間あいてますから飲みに行きませんか」と誘った。被告丙山は、その五ないし一〇分後に被告乙田三郎に電話をかけ、「飲みに行こか。迎えに来て」と依頼した。なお、被告丙山は運転免許を持っていない。
そこで、被告乙田三郎は同日午後八時ころ、被告車を運転して丙山宅に赴き、丙山を助手席に乗せて、岸和田市内のスナックに行った。被告乙田三郎と被告丙山は、そのスナックで、二人でビール八本を飲み、被告乙田三郎はさらに中国酒を二杯飲んだ。
被告乙田三郎と被告丙山は、翌七月一四日午前〇時ころスナックを出た。なおスナックにおける約二万円の飲食代の支払は、被告乙田三郎がした。
被告丙山は被告乙田三郎に対し、「大丈夫か」と尋ねたところ、被告乙田三郎は、「いける、いける」と答えたので、被告丙山はタクシー代を所持していないこともあって、被告乙田三郎に自宅まで送ってもらうことにし、被告乙田三郎は被告車の運転席に、被告丙山は助手席にそれぞれ乗車した。
被告乙田三郎は運転中に気分が悪くなり、「しんどい」と言ったため、被告丙山は「大丈夫か、わしタクシー拾って帰るから」と言ったが、被告乙田三郎は「大丈夫です。送って帰るから」と答えて運転を続けた。本件交差点の停止線約38.9メートル手前で被告乙田三郎は、対面信号が赤であることを認めたが、早く被告丙山を丙山宅まで送ってしまおうと考えたため、赤信号をあえて無視して若干減速しただけで、本件交差点に時速約五〇キロメートルで進入し、本件事故を惹き起こした。
被告乙田三郎は、本件事故後、被害者が重傷を負っているかもしれないとの認識を持ちながら、停止することなく加速して運転を続け、現場から逃走し、現場から約1.5キロメートル離れた丙山の会社の作業場に被告車を停車させた。そこで、被告乙田三郎と被告丙山が下車して被告車を点検したところ、被告車の左前部が破損しており、配線が垂れ下がっていたが、被告乙田三郎は、警察官に怪しまれることを恐れて配線を引きちぎった。さらに、被告乙田三郎は、「警察に行くわ」と言ったが、被告丙山は「まあもう少し落ち着いて。今日は泊まっていき」と述べた。
その後、被告乙田三郎は、丙山宅の電話を借りて、家に電話をしてから、帰宅の途につき、その途中で警察官に発見された。
被告丙山は、被告乙田三郎を帰らせた後、寝ていたところ、来訪した警察官によって起こされ、警察に出頭した。
被告丙山は昭和二三年六月一七日生まれで本件事故当時四八歳であり、本件事故当時は運転免許を有していなかったものの、かつて運転免許を有していた経験はある。
2 被告丙山は、被告乙田三郎の元上司であり、年齢も二〇歳も被告乙田三郎より上である。このように被告丙山は立場上、被告乙田三郎の飲酒運転を戒めるべき立場にあるにもかかわらず、かえって飲酒するためにスナックに行くことが分かっていながら、被告乙田三郎に自宅まで被告車で迎えに来させ、さらに帰路も被告乙田三郎が相当飲酒していることを承知しながら、安易に被告乙田三郎に被告車を運転させて自宅まで送らせている。そもそも、被告丙山はタクシー代すら所持せずに飲みに出かけており、飲酒後も被告乙田三郎に飲酒運転をさせて送らせることを予定していたとも考えられる。
そして、被告乙田三郎が運転中気分が悪くなり「しんどい」と言っているのに、「大丈夫か、わしタクシー拾って帰るから」と言っただけで結局被告乙田三郎に運転を続けさせ、本件事故を惹起させた。
さらに、本件事故発生後も、被告丙山は被告乙田三郎が事故現場から逃走することを止めず、かえって被告乙田三郎が「警察に行くわ」と言っているのを引き留めるような言動を取り、被告乙田三郎が再び飲酒運転をして帰路に着くことを制止してもいない。本来であれば、被告乙田三郎は被告丙山を自宅に送る途中で本件事故を惹起したのであるから、被告乙田三郎が事故後動揺していたのであれば、被告丙山が救急車を呼んだり、警察に通報したりするべきであるともいえるのに、被告丙山は全くこれに反した行動をとっている。被告丙山は被告乙田三郎が帰った後、そのまま就寝しており、責任感の欠如は著しい。
被告丙山は、かつて運転免許を有しており、飲酒運転が違法であることや交通事故を起こした場合運転者には被害者の救護義務や警察に対する報告義務が課せられていることは当然承知していたと考えられる。なお、これらのことは運転免許を有していない者にとっても、常識の範疇である。
以上のとおり、被告丙山の行動は、常識のある社会人に期待される範囲を著しく逸脱しているといわざるを得ない。
特に、被告丙山が、被告乙田三郎が飲酒していることを承知しながら、元上司という立場を利用して同被告に被告車を運転させて自宅まで送らせようとしたために、本件事故が発生したものと評価することができる。
よって、被告丙山の行為は、六郎に対する不法行為に該当し、被告丙山は被告乙田三郎と共同不法行為責任を負うと認められる。
二 争点2(損害額)について
1 中間利息控除の利率(甲一七~二二、弁論の全趣旨)
原告らは、中間利息控除の利率について一パーセントを、被告乙田三郎及び乙田四郎は五パーセントを用いるべきであるとそれぞれ主張する。
たしかに、近時の公定歩合や市場金利は、非常に低い水準で推移しており、平成九年ころからは郵便局の定額貯金や銀行の定期預金の利率は年一パーセントを下回る状況が続いている。このような状況は当分解消される見込みが乏しいことは原告らの主張どおりであると考えられる。
しかしながら、第二次世界大戦後平成時代に入るまでは我が国の市場金利は概ね五ないし六パーセントで推移していたのであって、昭和四八年及び昭和五五年には郵便局の定額貯金の利率でさえ年八パーセントに設定されていた。
このような市場金利の長期的な動向に鑑みると、短期的にはともかく、本件のように逸失利益の算出期間がほぼ半世紀にわたるような場合には、現在の低金利を前提に中間利息控除の利率を定めることは適切とはいえない。むしろ過去の金利の動向に照らせば、最近の低金利こそ異常事態であって年五パーセント程度の利率が通常であるということもでき、長期的には中間利息の控除に際して年五パーセントの利率を採用することがなお相当と認められる。
2 六郎の大学進学可能性(甲五一、五五。枝番を含む。)
本件事故当時六郎は、私立大阪学芸高等学校特進コース(大学進学希望者のためのコース)第二学年に在籍していた。特進コースの生徒は、六郎が在学していた学年では九〇名中八一名が現役又は一浪後大学に進学している。
六郎の学業成績は、一年生のときはクラスで四六人中四一番であり、二年生の一学期は三八番であり、大学入試に必要と考えられる学科については一年次の成績は英語のオーラルが五段階評価で四であるほかは二か三であって、必ずしも良好とはいいがたい。
以上の六郎の成績に照らすと、六郎が大学に進学した可能性はないとはいえないが、必ずしもその蓋然性が高いとまでは認めることができない。
したがって、六郎の逸失利益の算出にあたっては、基礎収入としては高卒男子の全年齢平均賃金を用い、就労の始期は一八歳とするのが相当である。なお、平均賃金は事故時ではなく、六郎が死亡しなければ高校を卒業し、就労を開始したと考えられる平成一〇年のものを用いる。
3 以上を前提に、被告らの賠償額を算定すると別紙2「裁判所の認定した損害額」記載のとおりと認められる。なお、上記以外の認定に用いた証拠(いずれも枝番を含む。)及び認定の理由は同別紙に注記したとおりである(いずれも枝番を含む。)。
(裁判官・平野哲郎)
別紙1原告の請求する損害額
六郎の損害
治療費
25,350
逸失利益
116,926,116
*1
慰謝料
30,000,000
車両損害
180,000
合計
147,131,466
*1 基礎収入 6,877,400円/年
平成9年大卒男子労働者全年齢平均賃金
生活費控除率 0.5
就労可能年数 45年(就労の始期22歳,就労の終期67歳)
ライプニッツ係数(年1パーセントの割合による係数)
67年−16年=51年に対応するライプニッツ係数 39.798
22年−16年=6年に対応するライプニッツ係数 5.795
逸失利益の算出
6,877,400×(1−0.5)×(39.798−5.795)=116,926,116円
原告一郎及び花子の損害合計(六郎の損害の相続分を含む。)
六郎の損害の相続分
147,131,466
葬儀関連費用
14,882,002
慰謝料
16,000,000
確定遅延損害金
2,837,805
*2
小計
180,851,273
既払額
30,000,000
既払額控除後の額
150,851,273
弁護士費用
8,000,000
損害合計
158,851,273
A
*2 既払額3000万円に対する本件事故日から支払日
(平成10年6月4日)までの確定遅延損害金
(30,000,000×0.05)×(171/366+520/365)≒
2,837,805円(1円未満切捨)
原告一郎及び花子それぞれの請求額
A÷2≒79,425,636円(1円未満切捨)
遅延損害金は,確定遅延損害金を除く残額に対して請求する。
原告太郎,次郎,春子の損害
各慰謝料 100万円
各弁護士費用 10万円
合計 110万円
別紙2裁判所の認定した損害額
浩貴の損害
治療費
25,350
*1
逸失利益
43,578,389
*2
慰謝料
17,000,000
*3
車両損害
150,000
*4
合計
60,753,739
*1 甲27~30
*2 基礎収入 5,288,800円/年
平成10年高卒男子労働者全年齢平均賃金
生活費控除率 0.5
就労可能年数 49年(就労の始期18歳,就労の終期67歳)ライプニッツ係数(年5パーセントの割合による係数)
67年−16年=51年に対応するライプニッツ係数 18.3389
18年−16年=2年に対応するライプニッツ係数 1.8594
逸失利益の算出
5,288,800×(1−0.5)×(18.3389−1.8594)≒43,578,389円
(1円未満切捨)
*3 被告乙田三郎が酒気帯び運転をしていたこと,事故態様が被告乙田三郎の赤信号無視による一方的な過失によるものであること,被告乙田三郎に救護義務違反があることから1700万円を相当と認める。
*4 六郎車の中古車価格(甲54)
原告一郎及び花子の損害合計(六郎の損害の相続分を含む。)
六郎の損害の相続分
60,753,739
葬儀関連費用
1,200,000
*5
慰謝料
8,000,000
*6
確定遅延損害金
2,837,805
*7
小計
72,791,544
既払額
30,000,000
*8
既払額控除後の額
42,791,544
弁護士費用
4,000,000
*9
損害合計
46,791,544
A
*5 本件事故と相当因果関係のある葬儀関連費用として120万円を相当と認める。
*6 原告一郎が経営するガソリンスタンドの後継者になることも期待していた六郎を本件事故で失った原告一郎及び花子の悲嘆は察するにあまりあり,その精神的苦痛を慰謝するには各400万円が相当と認められる(甲49,52,53,原告甲野一郎本人尋問)。
*7別紙1「原告の請求する損害額」*2のとおり
*8 弁論の全趣旨(被告乙田四郎及び被告乙田三郎との間では争いがない。)
*9 既払額控除後の損害額に照らして相当と認められる弁護士費用は,各200万円である。
原告一郎及び花子それぞれの損害額
A÷2≒23,395,772円
(確定遅延損害金を控除すると21,976,870円)
原告太郎,次郎,春子の損害
各慰謝料 50万円
弟又は兄を本件事故で失ったことによる精神的苦痛を慰謝するには上記金額が相当と認められる(甲49,52,53)。
各弁護士費用 5万円
合計 55万円